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連載「羽生のいま」第4回・歴史

人口5万人の羽生に、なぜ376体も集まった?「ゆるキャラの聖地」ができるまで

羽生水郷公園「花の広場」(2011年撮影)。第1回から大会の会場だった公園です 写真:京浜にけ / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

2013年11月、埼玉県羽生市に全国からキャラクターが集まりました。

そのうち、同じ場所に同時に集合したのは――

376体。

「マスコットキャラクターの最多集合」で、当時のギネス世界記録を達成しました。

この年、イベント全体にはさらに多くのキャラクターが参加していました。376体という数字は、ギネス記録の計測時に一堂に集まったキャラクターの数です。

舞台となった羽生市は、巨大な観光都市ではありません。現在の人口は約5万人。

しかも羽生には、くまモンやひこにゃんのように全国で圧倒的な知名度を持つキャラクターがいたわけでもありません。

それなのに、なぜ羽生にこれほど多くのキャラクターが集まるようになったのでしょうか。

その始まりをたどると、ひとりの少し変わったキャラクターに行き着きます。

はじまりは「ムジナもん」

羽生市のキャラクター「ムジナもん」が誕生したのは、2003年2月15日。

名前の由来になったのは、国の天然記念物に指定されている「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」と、地域に伝わる「むじな」です。

宝蔵寺沼ムジナモ自生地(2018年撮影。ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン)

見た目にも羽生の要素が詰め込まれています。

頭についているのは、特産品であるモロヘイヤの葉。

そしてシッポが、食虫植物のムジナモです。

羽生市のイメージキャラクター「ムジナもん」。頭にモロヘイヤの葉、シッポにムジナモの花(出典:羽生市「ムジナもん」)
食虫植物のムジナモ(Aldrovanda vesiculosa) 写真:Stefan.lefnaer / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

ムジナもんには「いがまんちゃん」など、羽生にちなんだ仲間たちも生まれました。

しかし、羽生のキャラクター文化を全国的にも珍しいものにしたのは、その後です。

2010年、全国のキャラクターを集めてみた

2010年11月28日。

羽生水郷公園で、第1回「ゆるキャラさみっとin羽生」が開催されました。

来場者は約5万人。

翌年以降、イベントは急速に大きくなっていきます。

そして2013年、第4回。

羽生で、ある世界記録への挑戦が行われます。

376体集合。ギネス世界記録へ

挑戦したのは、

「マスコットキャラクターの最多集合」

というギネス世界記録です。

2013年11月23日。

計測時刻に一堂に集まったキャラクターは、

376体。

それまでの記録を更新し、ギネス世界記録を達成しました。

わずか数年前に始まった地方都市のイベントが、世界記録をつくる規模にまで成長したのです。

翌2014年にはイベント名も、

「ゆるキャラさみっとin羽生」

から

「世界キャラクターさみっとin羽生」

へ変更されました。

2015年の第6回には430体が参加し、2日間で45万人が来場しました。

人口約5万人の街に、その何倍もの人が訪れる巨大イベントです。

羽生は「ゆるキャラの聖地」とも呼ばれるようになりました。

羽生には「全国区のスター」がいなかった

ここで興味深いことがあります。

羽生の成功は、

「ムジナもんが全国的な大スターになったから人が集まった」

という単純な構図ではありません。

もちろんムジナもんは羽生の大切なキャラクターです。

しかし、イベントの主役はムジナもんだけではありません。

全国各地のキャラクターが集まる。

キャラクターとともに、それぞれの地域がやってくる。

2017年の世界キャラクターさみっとin羽生で、所沢市の「トコろん」が運ばれていく様子 写真:mono / CC BY 2.0(Wikimedia Commons)

ファンは、一度にたくさんのキャラクターに会える。

そしてキャラクター同士も交流する。

結果として羽生は、

「自分たちのキャラクターを見てもらう街」ではなく、「全国のキャラクターが集まる街」

という、少し変わったポジションを手に入れました。

なぜ「羽生」だったのか

羽生は、観光地として見たときには、昔から「羽生には何もない」と言われることもあったまちです。

ムジナもんを生んだのは、そんなまちの若手職員たちでした。課を越えて集まり、羽生を知ってもらう入口としてキャラクターをつくったのです。

ただ、着ぐるみをつくる予算はありませんでした。

そこで職員がまちなかで募金箱を持ち、寄付を呼びかけました。

最初は1体つくれれば、という話でした。ところが寄付は想定を上回り、2007年にムジナもんといがまんちゃんの2体が完成します。その2年後には、残りの仲間5体も同じく募金でつくられました。

さみっとを始めたときも、羽生市は自分から動いています。

当時、関西では彦根市の「ひこにゃん」が人気を集めていました。一方、関東には、まだ大きなキャラクターイベントがあまりありませんでした。

「だったら羽生市でもやってみよう」

羽生市の担当者は、始まりをそう振り返っています。

埼玉県も、この挑戦を後押ししました。県は2010年を「埼玉観光元年」と位置づけ、その新しい目玉の一つに挙げていたのが「ゆるキャラサミットの開催」です。第1回の会場には県のマスコット「コバトン」が駆けつけ、彦根市からは特別ゲストとして「ひこにゃん」もやってきました。

会場の羽生水郷公園には、大きな屋外イベントを開ける広い芝生広場がありました。

羽生水郷公園「水鳥の池」(2011年撮影) 写真:京浜にけ / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

いまも、さみっとは実行委員会と羽生市、羽生市観光協会が一緒に運営しています。市内の中学校、高校、大学からも、毎年たくさんの生徒や学生がボランティアとして加わっています。

羽生にキャラクターが集まる舞台は、市の職員や市民が自分たちの手でつくってきたものでした。

ブームが去っても、キャラクターは羽生に来る

「ゆるキャラ」という言葉が盛んに使われた時代からは、すでに年月が経ちました。

イベントの会場も変化しています。

それでも、「世界キャラクターさみっとin羽生」は続いています。

2025年には190体以上のキャラクターが参加し、約8万人が来場しました。

2015年の45万人とは規模が違います。

それでも、人口約5万人の街に約8万人が訪れています。

なぜ、今もキャラクターが羽生に集まるのでしょうか。

日本ご当地キャラクター協会は、このイベントを、

「人と人」「地域と地域」をつなげる地域創生イベント

と説明しています。

キャラクターを見る。

お気に入りのキャラクターに会う。

知らなかった地域を知る。

キャラクター同士が交流する。

そして、また羽生で会う。

2010年の初開催から十数年。

羽生は単なるイベント会場ではなく、キャラクターとファンの「待ち合わせ場所」になっていった、と見ることもできそうです。

スターではなく、「舞台」を持った街

地方のキャラクター戦略というと、

「どうすれば自分たちのキャラクターを有名にできるか」

と考えがちです。

羽生で起きたことは、少し違いました。

2003年、ムジナもん誕生。

2010年、「ゆるキャラさみっとin羽生」スタート。

2013年、376体が同時に集合してギネス世界記録。

2015年には430体が参加し、45万人が来場。

そしてブームが落ち着いた2025年にも、190体以上が羽生に集まりました。

羽生は、特定のキャラクターだけではなく、

「キャラクターが集まる場所」そのものとして知られる街

になりました。

全国区のスターを生み出すことだけが、地域を知られる方法ではありません。

スターたちが集まる舞台をつくることでも、街は目的地になれます。

人口約5万人の街に、全国から数百体のキャラクターが集まった。

その事実だけでも、羽生が全国のご当地キャラクター文化の中で、ちょっと普通ではない場所になったことは十分に伝わってきます。

参考資料

(資料確認日:2026年10月4日)

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