羽生を知るコラム・食
一本しか、ない。— 羽生PA「鬼平江戸処」から始まる、羽生うどん巡り

東北自動車道を東京方面へ走っていると、羽生PA(上り)に突然、江戸の町が現れます。
その名も、「鬼平江戸処(おにへいえどどころ)」。
池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』の世界観をもとに、江戸の町並みを再現したパーキングエリアです。
そしてここには、一度見たら忘れにくいうどんがあります。
箸を入れても、麺は一本しかありません。
軍鶏鍋「五鉄」の名物、「一本うどん」です。
驚くほど太い麺が、器の中に一本だけ。
「こんなうどんが、昔から羽生にあったの?」
そう思いたくなりますが、一本うどんは羽生に古くから伝わる郷土料理ではなく、鬼平江戸処のために開発された現代の名物です。
では、そもそもなぜ羽生のパーキングエリアに「江戸」があるのでしょう。
そしてPAの外へ出ると、なぜこれほど多くのうどん店があるのでしょう。
一本うどんを入口に、二つの物語をたどってみましょう。
1. なぜ羽生PAに「江戸」があるのか?
「なぜ、羽生で鬼平?」
実はこれには、ちゃんと理由があります。
NEXCO東日本は、東北自動車道を、江戸時代に江戸と日光・東北方面を結んだ日光街道~奥州街道の現代版として捉えています。
そして羽生PAの近く、現在の久喜市栗橋には、かつて日光街道の重要な関所「栗橋関所」がありました。
そこで羽生PA(上り)を、現代の高速道路における「東京=江戸への入口」に見立てたのです。
その「江戸」を楽しむために選ばれた世界が、池波正太郎の『鬼平犯科帳』でした。
主人公「鬼平」こと長谷川平蔵は、江戸の治安を守る火付盗賊改方。作品には、さまざまな食事や店が登場します。
鬼平江戸処にも、作中で重要な舞台となる軍鶏鍋屋「五鉄」の名前が取り入れられ、町並みだけでなく「食」からも作品の世界を楽しめるようになっています。
つまり鬼平江戸処は、栗橋関所という地域の歴史を入口に、現代の羽生PAに「江戸への入口」をつくった場所なのです。
2. 「一本うどん」はどうやって生まれた?
そんな鬼平江戸処で一本うどんを出しているのが、軍鶏鍋「五鉄」です。
作中の五鉄は、日本橋人形町で1760年から続く老舗鶏料理店「玉ひで」がモデルといわれています。
一本うどんは、その玉ひでが監修し、開発に3年を費やして生まれました。
鬼平の世界を食でも楽しむために、現代につくられた一杯。
そう知ってから食べると、一本うどんの見え方もちょっと変わってきます。
3. PAを出れば、今度は本当に小麦を食べてきた土地
ここから、もうひとつのうどんの物語が始まります。
羽生を含む埼玉県北部では、昔から小麦が身近な作物でした。
この地域では、米の収穫後に麦を育てる米麦二毛作が行われてきました。
秋に米を収穫したあとに麦をまき、冬から春に育て、初夏に収穫します。
身近に小麦があった埼玉では、うどんやまんじゅうなどの粉食文化が発達しました。
埼玉のうどんは、小麦を作る農家の日常食であると同時に、冠婚葬祭や年中行事などでも食べられてきました。
羽生周辺には、その暮らしを伝える記録も残っています。
久喜では昭和中頃まで、農家が収穫した小麦を石臼で挽き、家でうどんを打っていました。
人を招いてお祝いをしたときには、最後に手打ちうどんを出して宴を締めくくったという記録もあります。
お隣の加須でも、うどんは祭りなどで大切なお客さまをもてなす「ごちそう」でした。今も冠婚葬祭などの締めくくりには、うどんがよく振る舞われています。
PAから街へ目を向ければ、そこには本当に小麦とうどんを暮らしの中で食べてきた土地が広がっています。
4. 「江戸への入口」から、羽生のうどん店へ
鬼平江戸処で一本うどんを食べたら、そこでうどんの旅を終えてしまうのは、少しもったいない話です。
羽生とその周辺には、それぞれ違った一杯があります。
昔ながらの雰囲気を残す店もあれば、新しいスタイルでうどんを楽しませてくれる店もあります。
太い麺、細い麺。冷たいうどん、温かいうどん。
つけ汁も、天ぷらも、店によって違います。
一本うどんのように「これぞ羽生うどん」という一つの決まった形があるわけではありません。
むしろ、いろいろな店を巡って違いを楽しめることが、この地域でうどんを食べ歩く面白さなのかもしれません。
そして、うどんから少し横道へ入れば、羽生には別の郷土の味もあります。
たとえば、まんじゅうを赤飯で包んだ「いがまんじゅう」。
羽生市も郷土料理として紹介しており、夏祭りや祝い事などで作られてきました。
うどんとは別の料理ですが、小麦や米を使った食べ物が暮らしや行事の中にあったことを伝えてくれる、羽生らしい味のひとつです。
おわりに:江戸を楽しむ一杯から、土地を知る一杯へ
鬼平江戸処の一本うどんは、羽生に昔から伝わる郷土料理ではありません。
でも、それでいいのです。
栗橋関所の歴史から着想した「江戸への入口」で、『鬼平犯科帳』の世界に入り込み、一本しかない太いうどんを食べる。
そして、
「そういえば、このあたりって、うどん屋さんが多いな」
と思ったなら、そこからもうひとつの旅が始まります。
PAの外には、米と麦を育て、家でうどんを打ち、人が集まればうどんを囲んできた北埼玉の食文化があります。
江戸を楽しむ一杯から、土地を知る一杯へ。
次の一杯は、羽生の街で探してみてください。
羽生ナビでは、羽生とその周辺の15軒を「羽生うどんマップ」にまとめています。
参考資料
- NEXCO東日本 ドラぷら「鬼平江戸処」
- NEXCO東日本 ドラぷら「鬼平江戸処:軍鶏鍋 五鉄」(一本うどんの開発、玉ひで監修)
- 農林水産省「うちの郷土料理:埼玉のうどん」
- 久喜市「第142回 手打ちうどん―特別な日に食べられる郷土食―」
- 加須うどん会
- 羽生市「ふるさとの味『いがまんじゅう』のまち」
- ウィキメディア・コモンズ「Hanyu Hanyu-PA Onihei Edodokoro 1」
関連リンク
(資料確認日:2026年10月4日)