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連載「羽生の歴史をたどる」第7回・歴史

秩父鉄道は、なぜ羽生から始まる? 東の端っこに残る意外な鉄道史

羽生駅4番線に停まる、三峰口行きの秩父鉄道7500系(2018年撮影)。写真:Suikotei / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ)

秩父鉄道と聞いて、どんな景色を思い浮かべるでしょうか。

長瀞の渓谷、秩父の山々。そして熊谷〜三峰口を走るSL「パレオエクスプレス」。

そんな山あいを走るイメージの強い秩父鉄道ですが、路線図を東へたどっていくと、意外な場所に行き着きます。

羽生駅です。

秩父鉄道の秩父本線は、羽生から三峰口まで71.7km。

つまり羽生は、秩父鉄道の「東の端っこ」であり、長い鉄路の出発点でもあります。

でも、なぜ秩父から離れた羽生が起点なのでしょう。

その理由をたどっていくと、100年以上前の鉄道会社と「貨物」の歴史が見えてきます。

1. 東武と秩父鉄道が出会う駅

羽生駅には、東武伊勢崎線と秩父鉄道の2路線が乗り入れています。

東武線に乗れば、久喜や北千住、浅草方面へ。反対方向へ進めば館林や太田方面へ向かいます。

一方、秩父鉄道の4・5番線から列車に乗ると、景色は少しずつ違った表情を見せ始めます。

羽生を出ると、西羽生、新郷、武州荒木、東行田、行田市へ。

さらに熊谷、寄居、長瀞、秩父を経て、終点の三峰口へと線路は続いていきます。

同じ羽生駅から、「東京方面」と「秩父方面」というまったく違う旅が始まるのです。

2. 実は、最初から「秩父鉄道」だったわけではない

秩父鉄道の前身「上武鉄道」が設立されたのは、明治32年(1899年)。

明治34年(1901年)には熊谷〜寄居間が開業し、その後、線路は秩父方面へと延びていきました。

では、その線路がそのまま羽生まで延びてきたのでしょうか。

実は、そうではありません。

羽生〜熊谷をつくったのは、もともと秩父鉄道とは別の「北武鉄道」という会社でした。

大正10年(1921年)、北武鉄道が羽生〜行田間を開業。

翌1922年には熊谷まで線路がつながりました。

そして同じ年、北武鉄道は秩父鉄道に合併されます。

現在では一本につながって見える羽生〜秩父の線路にも、かつては「別々の鉄道会社だった時代」があったのです。

3. なぜ北武鉄道は羽生を目指したのか

ここで、もうひとつ疑問が生まれます。

なぜ線路を羽生まで延ばしたのでしょう。

その背景のひとつにあったのが、貨物輸送と東武鉄道との接続でした。

秩父地方では、武甲山周辺で産出する石灰石などの輸送が、鉄道の重要な役割になっていました。

熊谷では国鉄と接続していましたが、羽生まで線路がつながれば、そこから東武鉄道へ貨物を送り出す別のルートが生まれます。

北武鉄道が熊谷まで全通すると、羽生で東武鉄道、熊谷で国鉄、そして西側では秩父地方へと線路がつながりました。

いま私たちが何気なく見る羽生駅は、100年前には、人だけでなく物資を動かす鉄道ネットワークの接点でもあったのです。

4. 都会を走った電車が、いま羽生から秩父へ

新郷〜武州荒木間の田んぼの中を走る、熊谷行きの秩父鉄道5000系。もとは都営地下鉄三田線の車両です(2022年撮影)。写真:MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ)

秩父鉄道のホームでもうひとつ面白いのが、やってくる電車です。

現在の秩父鉄道では、かつて都営地下鉄三田線や東急電鉄などで活躍した車両が使われています。

都会で大勢の通勤客を運んでいた電車が、第二の人生では羽生から熊谷、長瀞、秩父方面へ走っています。

羽生を出発すると、車窓には北埼玉の田園風景が広がります。

かつて地下鉄を走っていた電車から田んぼを眺める。

そんな少し不思議な光景も、秩父鉄道らしさのひとつかもしれません。

5. 羽生から乗ると、秩父鉄道を最初から楽しめる

長瀞や秩父へ行くなら、JR高崎線や新幹線と接続する熊谷駅から秩父鉄道に乗る方法もあります。

でも羽生にいるなら、せっかくなので「最初から」乗ってみたいところです。

羽生は始発駅です。

発車前の列車に乗り込み、席に腰を落ち着ける。

列車が動き出すと、西羽生、新郷、武州荒木、東行田、行田市と、北埼玉の町と田園を抜けながら熊谷へ向かいます。

熊谷から先は寄居、長瀞、秩父へ。

羽生から乗れば、観光地に着くまでの時間そのものが、小さな鉄道旅になります。

ちなみにSL「パレオエクスプレス」の運転区間は熊谷〜三峰口です。

羽生から出かけるなら、普通列車で熊谷まで行き、そこからSLに乗り継ぐ旅もできます。

6. 100年前の鉄道地図を想像してみる

いまの羽生駅を見ているだけでは、北武鉄道という会社が存在したことも、貨物をめぐって鉄道会社同士が線路をつないでいったことも、ほとんど分かりません。

けれど、秩父鉄道がなぜ羽生から始まっているのかを調べてみると、その痕跡が現在の路線図に残っていることに気づきます。

1921年、北武鉄道が羽生から行田へ。

1922年、熊谷まで全通。

そして秩父鉄道へ。

100年以上たった現在も、その線路を電車が走っています。

次に羽生駅で秩父鉄道のホームを見かけたら、少しだけ西の方を眺めてみてください。

その線路は熊谷で終わりません。

長瀞を通り、秩父の山へ入り、三峰口まで続いています。

秩父への旅は、ここ羽生からもう始まっています。

乗りに行く

参考資料

(資料確認日:2026年10月5日)

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