羽生を知るコラム・食
赤飯×まんじゅう!? 羽生名物「いがまんじゅう」と和菓子店巡り

羽生の和菓子店をのぞくと、ちょっと不思議なお菓子に出会います。
饅頭(まんじゅう)のまわりを、もちもちの赤飯がすっぽり。
その名も、「いがまんじゅう」です。
「赤飯とあんこのお饅頭を、一緒に食べるの?」
初めて見ると驚きますが、これは鴻巣・加須・羽生・行田など、埼玉県北東部で親しまれてきた郷土の味です。発祥は鴻巣市の旧川里町といわれ、羽生市は「いがまんじゅうのまち」として市内の販売店を紹介しています。
そして調べてみると、この一風変わった組み合わせは、羽生のもうひとつの名物である「うどん」とも無関係ではありませんでした。
いがまんじゅうから見えてくるのは、米と小麦を上手に使いながら暮らしてきた、この土地の食文化です。
「朝まんじゅうに昼うどん」の土地
羽生周辺は米どころであると同時に、小麦を使った食文化が根づいてきた地域です。
農林水産省の「うちの郷土料理」によると、埼玉県北東部では多くの農家が米の裏作として小麦を育て、小麦粉の料理が発達しました。
その様子を表すのが、「朝まんじゅうに昼うどん」という言葉です。
朝は小麦粉でまんじゅうを作り、昼はうどんを打つ。そんな暮らしがあったのです。
羽生に昔ながらのうどん文化が残っているのも、こうした土地の暮らしとつながっています。
なぜ、まんじゅうを赤飯で包んだ?
いがまんじゅうは、小麦粉の生地であんを包んだまんじゅうに、赤飯をまとわせたものです。

名前の由来は、その見た目にあります。表面についた赤飯の粒が、栗のイガのように見えることから「いがまんじゅう」と呼ばれるようになったと伝えられています。
では、なぜ赤飯とまんじゅうを組み合わせたのでしょう。由来には、いくつかの説があります。
高価なもち米を節約するため?
昔、もち米は値の張る食材でした。
そこで、かさを増すために赤飯の中にまんじゅうを入れた、という説があります。羽生市は「ボリューム感を出そうと」入れたのが始まりと紹介しています。
農家のお嫁さんの知恵?
もうひとつは、農家のお嫁さんが手間を省こうとしたという説です。
祭りや祝い事には、赤飯もまんじゅうも用意したい。そこで赤飯とまんじゅうを一緒にせいろに入れて蒸したら、くっついてしまったという話を、農林水産省が紹介しています。羽生市は同じ説を「赤飯とまんじゅうをいっぺんに作って手間を省く」お嫁さんの知恵として書いています。
どちらが本当の始まりなのかは、はっきりしていません。
ただ、どちらの説にも、米と小麦を無駄なく使い、人が集まる日にごちそうを用意しようとした農家の暮らしが見えます。
「おやつ」だけではなかった、いがまんじゅう
いまは和菓子店で気軽に買えるいがまんじゅうですが、もともとは特別な日の食べ物でした。
羽生市は夏祭りや祝い事の縁起物として、農林水産省は春・夏・秋のお祭りや祝い事の縁起物として紹介しています。
埼玉県立民俗文化センターの調査(1999年)をもとにしたウィキペディアの記述では、いがまんじゅうはもともと菓子屋が売るものではありませんでした。北東部の農村で、夏のハレの日などに贈り物として家で作っていたそうです。
赤飯も、まんじゅうも、それぞれがごちそう。
その二つをひとつにしたいがまんじゅうは、この土地らしい「ハレの日の味」だったのでしょう。
見た目は豪快。味は「甘い+しょっぱい」
農林水産省は、いがまんじゅうの特徴を「甘じょっぱい味わいともっちりとした食感」と紹介しています。
赤飯の塩気と、あんこの甘さ。甘いだけの和菓子とは少し違う組み合わせです。
形もひとつに決まっているわけではありません。農林水産省によれば、赤飯を上にのせただけのもの、全体を覆うように赤飯をまぶしたもの、赤飯にゴマを振ったものなど、家庭や店によってさまざまです。
だからこそ、羽生で何軒か巡って違いを比べてみるのも楽しみ方のひとつです。
羽生で「いがまんじゅう」を探してみよう
羽生市の「いがまんじゅう販売店舗一覧」には、羽生菓子商工組合に加わる3店が載っています。
まつのや
羽生市中央にある、慶応元年(1865年)創業の老舗です。
2024年2月の埼玉新聞の取材では、6代目が店を継いでおり、いがまんじゅうは店の看板商品です。
同じ記事によれば、以前は市外から羽生へ嫁いだ女性が、里帰りのお土産に持って帰ることが多かったそうです。最近は「(実家に)持って帰りたいという若い人が増えた」とも話しています。
いがまんじゅうが「羽生の味」として、人から人へ運ばれてきたことがわかるエピソードです。
あら川屋
羽生市南の和菓子店です。市の販売店舗一覧にも名前があります。
新井パン店
羽生市上新郷のパン店も、市の販売店舗一覧に入っています。
パン屋さんでもいがまんじゅうに出会える。この地域の日常に根づいてきた食べ物だからでしょう。
※いがまんじゅうは製造日や売り切れなどによって買えない場合があります。訪問前に各店舗へ確かめてください。
三田ヶ谷まで行くなら「キヤッセ羽生」へ
『田舎教師』ゆかりの三田ヶ谷方面を歩くなら、三田ヶ谷農林公園「キヤッセ羽生」にも立ち寄れます。
埼玉県の直売所紹介では、園内の農産物直売所「ムジナモ市場」のおすすめ品に、いがまんじゅう・味噌・うどんが挙がっています。
『田舎教師』のコラムと合わせて三田ヶ谷を歩いたら、帰りにその土地で受け継がれてきた味を買えます。ちょうどいい寄り道です。
「うどん」と「いがまんじゅう」は親戚なのかもしれない
羽生を歩いていると、うどん店が多いことに気づきます。
そして和菓子店には、いがまんじゅうがあります。
一方は食事で、一方は甘味。まったく違うものに見えます。
でも、その背景をたどっていくと、どちらにもこの土地で育てられてきた小麦があります。
農家では小麦粉をこね、朝にはまんじゅうを作り、昼にはうどんを打っていました。そのまんじゅうに米どころの赤飯が重なったのが、いがまんじゅうです。
そう考えると、羽生のうどんといがまんじゅうは、同じ土地の暮らしから生まれた「親戚」のような食べ物なのかもしれません。
おわりに:歴史を歩いたら、その土地の味をひとつ
羽生城の歴史をたどり、昔ながらのうどんを食べ、田山花袋『田舎教師』の舞台になった三田ヶ谷を歩いたら、最後にいがまんじゅうをひとつ買って帰りましょう。
別々に見える羽生の歴史、文学、風景、食べ物も、少し掘り下げてみると同じ土地の暮らしの上でつながっています。
米と小麦を育て、祭りやハレの日には赤飯とまんじゅうを作って贈る。いがまんじゅうは、そんな埼玉県北東部の暮らしを今に伝える郷土の味です。
羽生を訪れたら、ぜひ一度。見た目に驚いたあとは、赤飯とあんこの組み合わせを味わってみてください。
参考資料
- 農林水産省「うちの郷土料理:いがまんじゅう 埼玉県」
- 羽生市「ふるさとの味『いがまんじゅう』のまち」(販売店舗一覧)
- 埼玉新聞「赤飯+まんじゅう…主婦の知恵か失敗か 農家のごちそう、今はお店で 羽生の『いがまんじゅう』」(2024年2月24日)
- 埼玉県「ムジナモ市場直売所(キヤッセ羽生)」
- ウィキペディア「いがまんじゅう」(埼玉県立民俗文化センター『埼玉の和菓子』1999年を出典とする記述)
- ウィキメディア・コモンズ「Iga Manju1(Saitama).JPG」(撮影:Ebiebi2、CC BY-SA 4.0)
- ウィキメディア・コモンズ「Iga Manju2(Saitama).JPG」(撮影:Ebiebi2、CC BY-SA 4.0)
- クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)
関連リンク
※店舗・販売の情報は変わる場合があります。訪問前に最新の情報を確かめてください。
(資料確認日:2026年10月4日)